大学における特許出願の行く末
2005年08月27日(土)

国立大学が法人化されてから,大学における知的財産権の確保が声高に叫ばれている.知的財産権について,広辞苑には,「知的創作活動に基づく無形資産への財産権.特許などの工業所有権と著作権などから成る.」と書かれている.最近,大学で特に奨励されているのは,知的財産権の中でも特に特許の出願だろう.

京都大学においても,国際イノベーション機構(IIO)内に知的財産部が設置され,教員による特許出願等を支援している.このような京都大学での取り組みは,文部科学省による「大学知的財産本部整備事業」の中間評価で最良の「A」評価を受けるなど,国内では高く評価されている.なお,上記事業は,大学等における知的財産の戦略的な創出・管理・活用等の体制整備を推進するために実施されているものである.

事実,京都大学における特許出願件数(発明届出件数)は,H12年度17(13)件,H13年度9(23)件,H14年度56(64)件,H15年度131(189)件,H16年度408(587)件と,毎年2倍以上のペースで急速に増加しており,知的財産権確保に向けた大学の取り組みが効果を上げていることがわかる.

私自身も,既に2件の特許出願において,知的財産部のお世話になった.発明届けを知的財産部に提出すると,当該分野の知識を持つ担当者がヒアリングに訪れ,発明の内容や新規性,有用性を確認する.その際に,手続きやスケジュールについての説明があり,大学が権利を継承するかどうかを判定する評価委員会に備えて,簡単な資料の提出を求められる.大学が権利を継承することが決まると,特許事務所にて特許出願に必要な明細書を作成してくれる.発明内容を記載したレポート等を提出すれば,後はお任せでやってもらえるので,発明者本人は原稿のチェックぐらいしかする必要はない.費用はすべて大学が負担するため,個人あるいは研究室からの支出はない.様々な内容の相談を受け付けてくれるし,緊急事態には速やかに対応してもらえる.先日は,発明届けの提出から出願までを約2週間でこなすことができた.

恐らく,多くの大学で,似たようなシステムが動き出していることと思う.そのような状況下で,不安に感じるのは,特許の出願や維持にかかる費用をどうしていくのかということだ.簡単のため,1件につき100万円かかると考えてみよう.まずまず現実的な数字だ.そうすると,H16年度の特許出願に関連して,408件×100万円/件=約4億円の費用がかかることになる.もちろん,特許からの収入も期待できるので,その分は差し引いておくべきだろう.京都大学におけるH16年度の知的財産収入は1738万円だ.したがって,正味の支出は約4億円となるだろう.ん?何も変わってないような...これが現実だ.

知的財産収入も今後飛躍的に増加する可能性が高い.しかしながら,物凄い特許が出ない限り,収入が支出を上回るとは考えにくい.これは京都大学総長も認めているところだ.JST科学技術環境シンポジウムにおいて,大学発ベンチャーに関連する発言の中で,尾池総長は次のように述べている.

ベンチャーで大事なことは、研究者の使い捨てになってはいけないということです。あまり流行に乗って、ベンチャーとして育ってどこかに行って潰れてしまって、後のケアができないのではいけないと思うので、大学としては慎重でなくてはいけないと思います。

もう一つ、ベンチャーで特許でもあれば収入をものすごく確保できるように思う方たちがたくさんいるというのが問題でして、特許はほとんどお金儲けになりません。今まで国立大学で保護されていたのが裸になったわけですから、自分たちの研究を守るための特許が必要です。つまり防衛特許ですね。これがものすごくお金がかかるわけで、企業の方はお分かりだと思います。ほとんど収入に繋がる特許ではなくて、研究そのものを守るためにお金をかけていく。それが大学の知財本部の一番大きな仕事になっています。もちろん特許の中には収入になる良いものもあるでしょうが、そんなに私は期待していません。大学の先生の研究をしっかり守るという意味で特許は大事な部門になるだろうと思います。

この2つのことをぜひ皆さんに良く知っておいて欲しいと思います。

彼は,大学知的財産部の重要な使命の1つが防衛特許の出願だと言っているわけだ.この発言を受けた司会者の「大学にとって知財を確保することが現時点あるいは近い将来に何によって制約されそうか」という質問に対して,鳥居奈良先端科学技術大学院大学長は以下のように答えている.

これはもう当然、出願費用ですよ。それで首が絞まっていきますね。(中略)

しかし、先立つものは要ります。尾池先生がおっしゃる防衛特許は大学には少しそぐわないと思いますので、これは学内で絞り込んだ出願になるかもしれません。しかし当然こういう傾向ですから、出願したいというのは増えてまいります。そうすると、その原資は間接経費その他で、大学としての管理運営の一般的なところから、普通に言えばピンはねみたいな格好で、大学で確保して、それをそちらへ流していくことをまず第一歩として今やろうとはしていますが、これは試行錯誤しながらやっていくわけですから、ある方向で一つなどとは決して言えない状況です。

このように,大学としてどのような特許を出すべきかという認識にはバラツキがあるものの,費用が問題となることについては意見が一致している.現時点では,文部科学省による「大学知的財産本部整備事業」もあり,日本国全体が「大学も税金で飯を食わしてもらっているんだから,ちょっとは国に貢献できるように,知的財産権でも確保しろ!」という風潮であり,さらには「経済活性化のために,もっとベンチャー企業を立ち上げろ!」という意見もあり,特許を出願したいという研究者には追い風である.あまり特許に興味がない研究者にとっても,特許が業績として(学術論文よりも)認められることになるなら,特許を取らなければならないというプレッシャーはかかってくるだろう.

いずれにせよ,特許出願を強く奨励する環境にあるわけだが,急激な上昇を続ける特許関連費用の負担方法をきちんと整備しておかなければ,近い将来,激しい揺り戻しが来ると予想される.金額的には,数億円程度で大規模な大学の財政が破綻したりはしないだろう.無駄を廃し,膨大な間接部門経費の削減などを敢行できたら,それぐらいの費用はなんとでもなるはずだ.しかし,赤字の拡大を黙って見ているだけとはいかないため,特許出願は制限される方向に動くかもしれない.件数が多ければ良いというような低次元な発想の時代はすぐに終わりを告げる.その後に残るものは果たして何か?

既に特許を出願した私としては,「儲からない特許を出願した研究者は,その責任を取って,給料6ヶ月分10%カット!」なんて制度ができてしまわないことを祈るばかりだ.本気で...それに,企業と大学の共同研究や受託研究のピンハネ率を上げるのも勘弁してもらいたい.ある程度のピンハネは問題ないと思うが,30%超にもなると,流石にどうかと思う.自分が資金供給側なら,30%も目的外に流用されるなら,資金を供給したくなくなるだろうから.

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