国際自動制御連盟(IFAC)の"World Congress"に参加するため,チェコ共和国のプラハに来ている.7月4日から8日までの5日間に渡って開催された大規模な学会も終わり,いよいよ帰国というとき,眼前に立ちはだかる大きな問題は,お土産をどうするかだ.それほど沢山買う必要はないのだが,いつも非常にお世話になっている人達にと思い,今回は7個ほどお土産を用意することにした.
プラハといえば,ボヘミアングラス(Bohemian Glass)があまりにも有名だ.ボヘミア(Bohemia)とは,チェコ西部の地方を指し,プラハはその中心都市だ.お土産として,これ以上のものは考えられない.しかし,お土産としてボヘミアングラスを買うことを躊躇する理由が3つある.すなわち,価格,重さ,壊れやすさだ.
随分と悩んだ挙げ句,研究室の学生達へ買って帰るお菓子を除いて,すべてのお土産をボヘミアングラスにすることに決めた.プラハ市街には,それこそ無数にガラス店があるが,行き先を絞り込み,まずは情報収集を始めた.
最初に訪れたのは,"Celetna Crystal"(ツェレトゥナー・クリスタル)という店だ.3階からなる大きな店舗で,その2階に伝統的なボヘミアングラスが多数展示されている.無色のものから,赤や緑などカラフルなもの,金をあしらったものなどがある.一方,非常にシンプルなカットのものから,細かい幾何学模様のもの,人物や風景などを彫ったものなどがある.見れば見るほど,どれを買ったらよいのかが分からなくなる.
そこで,日本人の店員さんに,「良いボヘミアングラスと悪いボヘミアングラスの見分け方を教えて下さい.」と単刀直入に頼んだ."Celetna Crystal"のその店員さんは,快く承諾してくれて,非常に親切に教えてくれた.
要点をまとめると,以下のようになる.
実際,同じようなデザインの幾何学模様のグラスで,Sevcik(シェフチーク)氏の作品と普通のグラスを順番に触らせてもらったところ,カットの深さが全然違うのは明らかだった.高級グラスは物凄く凸凹がはっきりしているのだが,普通のグラスはつるつるしている感じだ.カットの細かさについては,一目瞭然で,非常に大胆な荒いデザインのものもあれば,極めて細かい細工のものもある.基本的には,手作り(Hand Made)のものなのだから,製作にどれだけ手間がかけられているかが価格に素直に反映されているということらしい.
日を改めて,いよいよボヘミアングラスを購入するために店に出掛けた.店によって置いてある商品が異なるため,先述の"Celetna Crystal"の他,"Erpet"(エルペット)などにも出向いた.
自宅以外へのお土産としては,あまり高価なものも買えないのだが,それなりのものをと思うと,やはり1000Kc(約5000円)以上はする.グラスのセットにすると,持ち帰るのが物理的に不可能になるため,一輪挿しくらいの花瓶,小物を入れられるバスケット,小皿などを候補とした.それでも様々なデザインのものがあり,店員さんに色々とケースから出して見せてもらいながら,散々迷いに迷った挙げ句,無色透明で伝統的な幾何学模様の可愛らしいバスケットに決めた.5個欲しいと申し出たのだが,4個しか在庫がないとのことで,まず4個のバスケットを確保した.次に,同じくらいの価格で,やはり無色透明で伝統的な幾何学模様の小皿を2つ注文した.
自宅以外へのお土産として,合計6つのボヘミアングラスを購入した.一応,ミッション終了である.しかし,ここに至るまでが大変だった.デザインや価格を比較するために,雨の降る中,"Celetna Crystal"や"Erpet"などの間を行ったり来たりし,どれが良いかで散々頭を悩ました.もっと気楽に考えれば良いのだろうが,これが自分の性格なのだと諦めている.
"SKLO SAFRANEK"のバスケット
カットが精緻で深い,"SKLO SAFRANEK"のバスケット.手に持ってみると,標準的なボヘミアングラスとの違いを感じることができる.
"SKLO SAFRANEK"のバスケット
非常に美しいボヘミアングラスだが,約3000Kc(約15000円)と価格も普通ではない.
ようやく自宅以外へのお土産を決めることができたのだが,この時点で,既に2時間以上を費やしていた.最終的に,旧市街広場の旧市庁舎前にある"Erpet"という店で購入することにしたのだが,この店に入ってからでも1時間は経っていただろう.
元々は,最初にお世話になった"Celetna Crystal"で購入するつもりだったのだが,買おうと思える商品の品揃えという点で,"Erpet"に決めた.
いよいよ自宅へのお土産を決めなければならない.折角プラハまで来てボヘミアングラスを購入するのだから,持って帰る価値のある品物を手に入れたい.実は,"Celetna Crystal"で,グラスの見分け方の他に,「どのクラス以上のグラスなら日本に持ち帰る価値があるか.」という質問もしていた.親切な店員さんは,先述のSevcik(シェフチーク)氏の作品と"SKLO SAFRANEK"の商品が優れていてお薦めだと教えてくれた.当然ながら,どちらも驚くべき価格だ.ボヘミアングラスを日本で買うと,プラハの2倍以上はするというのだから,さらに驚きだ.しかし,"Sevcik"や"SKLO SAFRANEK"の商品は,そもそも日本では手に入らないとも聞く.
実は,"Erpet"で,一目惚れした商品があった.花の図柄が彫られた美しい花瓶で,花を取り巻く左右の模様には非常に深いカットが施されている.滑らかに弧を描く花瓶の形も綺麗で,とても気に入った.しかし,小さな花瓶1つで約6000Kc(約30000円)となると,気楽に買えるはずもない.ちなみに,この花瓶が"SKLO SAFRANEK"の商品だ.
もう少し手軽なものをと探していたところ,同じく"SKLO SAFRANEK"のバスケットが目にとまった.自宅以外へのお土産として既に購入したバスケットも1000Kc(約5000円)以上するもので,決して安いものではないのだが,それとほとんど同じ大きさの"SKLO SAFRANEK"のバスケットは,なんと約3000Kc(約15000円)だ.価格が3倍近くもするのだが,2つを触り比べた瞬間,その価格差に納得してしまった.見ただけでもカットが細かいことはわかるのだが,それだけでなく,非常に深く彫り込まれており,手が込んでいることが伝わってくる.素人にも明らかに分かる違いだ.
"SKLO SAFRANEK"のバスケットを手にとったとき,恐らく私が驚いた表情をしたのだろう.商品をケースから出して見せてくれた女性店員さんが,「これは非常に品質が良いものよ.カットが全然違うでしょ.(英語で)」と声をかけてくれた.
手にした瞬間に決心していた.
"I want this basket."
"SKLO SAFRANEK"の花瓶
一目惚れした"SKLO SAFRANEK"の花瓶.草花の図柄が彫られた美しい花瓶で,草花を取り巻く左右の模様には非常に深いカットが施されている.
"SKLO SAFRANEK"の花瓶
滑らかに弧を描く花瓶の形も綺麗だ.しかし,小さな花瓶1つで約6000Kc(約30000円)もする高級品.勢いだけで買えるものではないが,勢いでないと買えないのも確か.
"SKLO SAFRANEK"の証明書
"SKLO SAFRANEK"の花瓶に付属していた証明書.
相手をしてくれた女性の店員さんにも,色々と教えてもらった.例えば,"SKLO SAFRANEK"の似たような小皿が3倍ほども価格差があるのはなぜか.1つには,女性の表情を丁寧に彫り込んだ小皿と,静物(果物)を彫り込んだ小皿との違いということだった.人の表情を表現するのは難しく,それが価格に現れるとのこと.もう1つは,施された幾何学模様の精緻さということだった.
さて,お土産を合計7つ購入したところで,小さな花瓶との睨めっこが始まった.あまりにも悩むので,店員さんも「既に購入を決めた商品を包装しておくから,ゆっくり見ていて.(英語で)」と言い残して去っていった.
それからどのくらい経っただろうか.突然背後から,「この花瓶がよっぽど気に入ったのね.(英語で)」という声がした.女性店員さんが戻ってきたのだ.ケースの扉を大きく開け放つと,その花瓶を取り出し,「この花瓶は凄く綺麗でしょ.でも,とても高いわよね.例えば,ほら,あの後ろの方にある花瓶なんて,これより大きいけれど,ずっと安いでしょ.手作りだから,どれだけ手が込んでいるかが重要なの.大きなものよりも,むしろ小さなものの方が,カットが大変で価格も高くなるの.(英語で)」と教えてくれた.小さな花瓶と大きな花瓶を交互に手にとって比べてみると,なるほどそういうものかと納得した.
一瞬の間の後,一目惚れした花瓶の購入を決意した.プラハに来るのは,これが最初で最後と思っている.惚れ込んだ商品だけに,後悔はしたくない.花瓶の前に立ち尽くして,かなりの時間が経っていたに違いない.
花瓶を購入する意志を伝えると,店員さんはニコッとして,在庫を確認しに行った.戻ってくると,花瓶を包装しながら,「割引クーポンは持ってる?(英語で)」と尋ねてきた.「持ってない.」と返事すると,「そう.でも,割引しておいてあげるわ.(英語で)」と言ってくれた.その店員さんと一緒にレジに行くと,無愛想なレジ係の店員が5%割引をしてくれた.購入した金額が相当なものなので,有り難かった.さらに,19%の税金も戻ってくる.
ちなみに,"Erpet"の店員さんがすべて優れているわけではない.レジ係が無愛想だったことは先に述べたが,"Erpet"で最初にケースを開けてくれた別の女性店員さんは,"SKLO SAFRANEK"の小皿の価格差について質問しても答えられなかった.仕方のないことだが,店員によって商品に関する知識が全然違うのは明らかだ.今回,良い店員さんに相手をしてもらえて本当に良かった.
"Erpet"にも日本人の店員さんが複数いるようなのだが,日本語を扱うおばさん集団に占有されていた.現地の言葉までは使えないけれども,英語で意思疎通ができるというのは旅行を楽しむには重要なことだと感じる.
さて,残る問題は,重さと壊れやすさだ.やっとの思いで購入したボヘミアングラスを無事に持って帰らなければならない.たまたま"TESCO"というスーパーマーケットでセールをやっていたので,バスタオルを2枚購入し,厳重に包んで持ち帰ることにした.