2002年08月22日(木)
官僚による問題先送り

日本ハムが国から補助金を騙し取ろうとした件で,農水省の大臣と役人が怒っている姿を目にする.日本ハムが発表した人事に対して,武部大臣は「国民には分かりづらい.まだ今までの古いやり方を引きずっていると見える.」と批判した.だが,ちょっと待てよ.そもそも国内で狂牛病は「絶対に」発生しないとし,EUからの警告も勝手に無視し,挙げ句の果てに日本社会を大混乱に陥れた張本人である農水省の上層部が,何を寝ぼけたことを言ってるんだ? 彼らが取った行動は国民に分かりやすかったか? 新しいやり方だったか? いい加減にしてくれよな.まったく...

ところで,なぜ,日本の官僚は問題を先送りしようとするのだろうか.この問いに対する一つの答えがある.以下に引用しておこう.

【再び,ドラッカーの言葉より】

日本のエリート指導層は,アメリカの指導層まがいのものとは行動様式が異なる.アメリカで指導層の役割を果たしているのは,まさにアメリカ的存在ともいうべき政治任命の行政官と議会スタッフである.これに対し,日本の指導層は官僚機構である.当然,それは官僚として行動する,ドイツの偉大な社会学者マックス・ウェーバーは,一般的現象としての官僚の存在を明らかにし,その特質は経験を準則化して自らの行動基準とすることにあるとした.今日の日本の官僚の行動,特に危機的な状況をめぐっての行動は,三つの経験,うち二つは成功,一つは失敗の経験を基準としている.

最初の成功は,農村部の非生産的な人口という戦後日本の最大の問題を,何もしないことによって解決したことだった.今日の日本の農業人口は,アメリカとほぼ同じ2,3%である.ところが,1950年には,アメリカでは20%,日本では60%を占めていた.特に日本の農業の生産性は恐るべき低さだった,日本の官僚は問題解決への圧力に最後まで抵抗し成功した.彼らといえども,非生産的な膨大な農業人口が経済成長にとって足枷であり,生産しないことにまで補助金を払うことは,ギリギリの生活をしている都市生活者に犠牲を強いることになることは認めていた.しかし,離農を促したり,米作からの転換を強いるならば,深刻な社会的混乱を招きかねなかった,そこで何もしないことだけが賢明な道であるとし,事実,何もしなかった.経済的には,日本の農業政策は失敗だった.今日,日本の農業は先進国の中で最低水準にある.残った農民に膨大な補助金を注ぎ込みながら,かつてない割合で食料を輸入している.その輸入は先進国の中で最大である.しかし,社会的には何もしないことが成功だった.日本はいかなる社会的混乱ももたらすことなく,いずれの先進国よりも多くの農業人口を都市に吸収した.

もう一つの成功は,これまた検討の末何もしなかったことによるものだった.彼らは小売業の問題にも取り組まなかった.60年代の初めにいたってなお,先進国の中で最も非効率的でコストの高い時代遅れの流通システムをかかえていた.それは19世紀よりも,むしろ18世紀のものに近かった.高いマージンでようやく食べていける家族経営の零細商店からなっていた.経済界やエコノミストは,流通業の効率化なくして日本経済の近代化はないと主張した.しかし,官僚は近代化を助けることを拒否した.それどころか,スーパーやディスカウントストアのような近代流通業の発展を妨げる規則を次々に設けた.流通システムは経済的にはお荷物であっても,社会的にはセーフティネットの役を果たしている.定年になったり辞めさせられたりしても,親戚の店で働くことができるとした.当時の日本では,失業保険や年金は充実していなかった.40年後の今日,流通業の問題は社会的にも経済的にもほぼ解消している.家族経営の商店はいまでも残っているが,特に都市部では,そのほとんどが小売りチェーンのフランチャイズ店になっている.昔のような暗い店は姿を消した.一元管理の明るく綺麗な店になっている.世界で最も効率的な流通システムといってよい.しかも,かなりの利益を上げている.

官僚の行動を規定することになった第三の経験は,前述の二つとは異なり,失敗の経験だった.その失敗の経験も,先送り戦略の正しさを教えた.そもそも失敗したことが,先送りの知恵を忘れた結果だった.日本は1980年代において,他の国ならば不況とはみなされないような程度の景気と雇用の減速を経験した.そこへ変動相場制移行によるドルの下落が重なり,輸出依存産業がパニックに陥った.官僚は圧力に抗しきれず,欧米流の行動を取った.景気回復のために予算を投入した.しかし結果は惨憺たるものだった.先進国では最大規模の財政赤字を出した.株式市場は暴騰し,株価収益率は50倍以上になった.都市部の地価はさらに上昇した.借り手不足の銀行は憑かれたように投機家に融資した.もちろんバブルははじけた.こうして金融危機が始まった.銀行,保険会社,その他の金融機関が,株と土地の評価損と不良債権を抱え込んだ.

その後の事態も,行動より先送りが正しいという官僚の確信を強めた.ごく最近の二年間においても,政治家,世論に加えワシントンからの圧力もあって,日本政府は他の先進国では見られない規模の資金を投入している.今日のところ,その効果は現れていない.


【2003年1月5日訂正】

【誤】日本は1908年代において,他の国ならば不況とはみなされないような程度の景気と雇用の原則を経験した.

【正】日本は1980年代において,他の国ならば不況とはみなされないような程度の景気と雇用の減速を経験した.

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