2002年07月13日(土)
上司,部下,そして自分

人は年をとると,「最近の若い者は...」というぼやき文句を口にするようになるらしい.ところが,このフレーズは古代ギリシャにおいて既に使われていたそうだ.何でも哲学者の言葉だとか.この数千年の歴史を持つフレーズは,ジェネレーション・ギャップを埋められないでいる人達の苛立ちの表れなのだろう.

さて,年寄り対若者という構図にかなり近いものに,上司対部下がある.年功序列制が導入されている職場であれば,上司と部下の軋轢は年寄りと若者のジェネレーション・ギャップによるところもあるのだろう.もちろん,軋轢の原因としては,年齢差よりもむしろ個人の資質が問題となっている場合の方が多いだろう.お互いに,文句や不満は掃いて捨てるほどあるだろうが,そんなことばかり考えていても何も得られない.さて,上司として,あるいは部下として,どのように振る舞うべきなのか.

【ドラッカーの言葉より(6)】

成果を上げるためには,人の強みを活かさなければならない.人に成果を上げさせるためには,「自分とうまくやっていけるか」を考えてはならない.「どのような貢献ができるか」を問わなければならない.「何ができないか」を考えてはならない.「何を非常に良くできるか」を考えなければならない.真に厳しい上司とは,それぞれの道で一流の人間を作る人である.彼らは部下が良くできるはずのことから考え,次に,その部下が本当にそれを行うことを要求する,上司は部下の仕事に責任を持ち,そのキャリアを左右する.したがって,強みを活かす人事は,成果を上げるための必要条件であるだけでなく,倫理的な至上命令,権力と地位に伴う責任である.弱みに焦点を合わせることは,間違っているだけでなく,無責任である.一方,成果を上げるためには,上司の強みも活かさなければならない.上司の強みを活かすことは,部下自身が成果を上げる鍵である.

自分の成長のために最も優先すべきは,卓越性の追求である.自分を成果を上げる存在にできるのは,自分だけである.他人ではない.したがって,まず果たすべき責任は,自分の最高のものを引き出すことである.ばかな上司,ばかな役員,役に立たない部下についてこぼしても,最高の成果は上がらない.成功の鍵は責任である.自分に責任を持たせることである.責任ある存在になるということは,真剣に仕事に取り組むということであり,成長の必要性を認識するということである.成長するということは,能力を修得するだけでなく,人間として大きくなることである.責任に重点を置くことによって,より大きな自分を見られるようになる.うぬぼれやプライドではない.誇りと自信である.

自分が価値ありとするところで働くのでなければ,人は自分を疑い,自分を軽く見るようになる.一方で,上司が人を操ったり,自分のことしか考えないことがある.さらに困ったことに,上司が最も大切な仕事,つまり部下を育て,励まし,引き上げる役目を果たさないことがある.このように自分がところを得ていないとき,あるいは組織が腐っているとき,あるいは成果が認められないときには,辞めることが正しい選択である.出世は大した問題ではない.重要なのは,公正であることであり,公平であることである.

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