2002年05月26日(日)
企業価値と等比数列

詰め込み型の学習は良くないとか,もっと授業内容を減らすべきとか,そういう快楽主義的主張の中に,数学で習う内容なんて実生活で利用しないのだから不要だ,というものがある.こういう場合,まず槍玉に挙げられるのが数学なのだろう.実際,数学嫌いな人達は相当多いと思われる.しかし,本当に使わないのだろうか.個人的には,例えば,数学のできない経済学部生(経済学部は文系らしいが)なんていうのは,将来,意味不明の戯言を垂れ流す害悪にしかならないのではないかと危惧するのだが...

年金システムが崩壊の危機に瀕している日本では,遂に確定拠出型年金制度(日本版401k)が導入された.つまり,自分の老後を企業にお任せというわけにはいかなくなりつつある.安全第一で債券中心に運用する人達はインフレ・リスクに怯えなければならない.これは預貯金でも同じだ.一方,株式,不動産,商品投資を中心に考える人達には,元本割れリスクが大きな口を開けて待ち構えている.いずれにせよ,投資について積極的に勉強する姿勢を身に付ける必要がある.

投資の基本は投資対象の価値を見積もることにある.例えば,ある企業の価値は何円なのか,という質問に答えることが株式・社債投資への第一歩である.次の例題で考えてみよう.

今年の税引後純利益が2億円の株式会社XYZ社がある.XYZ社は既に成長期を終えているが,そのマーケットシェアは業界上位であり,今後も永続的に同程度の利益を上げられると期待される.XYZ社の発行済み株式総数は100万株であり,一株利益は200円(=2億÷100万)である.さて,XYZ社の一株の価値は何円だろうか.

一般的な個人株式投資家は,この業種の平均的な株価収益率(PER)が20倍ぐらいだから,4000円(=200円×20倍)が妥当だろう,などと考える.そして,現在の株価がそれより高いか安いかを株式売買の基準とする.しかし,この利益というのが曲者である.実際,本来の事業活動とは関係のない資産の売買などによって,利益は如何様にでも操作されてしまう.さらに,PERには明確な根拠がなく,辻褄を合わせるために利用されているに過ぎない.そこで,企業が創出する価値を測定するために,フリーキャッシュフロー(FCF)を利用する.FCFは,

FCF=税引後営業利益+減価償却費−設備投資−増加運転資本

で計算される.要するに,実際にどれだけの現金を生み出しているのか,を表すのがFCFだ.会社四季報などを利用してFCFを計算したい場合には,

FCF=営業キャッシュフロー+投資キャッシュフロー

と覚えておけば良い.XYZ社の場合,設備投資負担が大きく,FCFは1億円であったとする.さらに,今後長期的にFCFは1億円前後で推移すると予想されるとしよう.このとき,一株あたりのFCFは100円(=1億÷100万)である.一株あたりのFCFが100円あるのだから,XYZ社の一株には少なくとも100円の価値はある.しかし,これでは安過ぎる.将来も現金を稼ぎ続けるのだから,その分だけ企業価値は高いはずだ.では,1年後に見込まれる一株FCF100円は,現時点でどの程度の価値があるのだろうか.ちょうど100円だろうか.そんなはずはない.お金には金利が付くため,例えば銀行に貯金しておけば,今の100円は1年後には100.001円にはなるはずだ.ということは,1年後の100円は現時点で約99.999円の価値しかないことになる.2年後以降についても同様である.邦銀の預金金利は異常に低い水準にあるため,金利なんて無視できそうなものだが,まともな国ではそうもいかない.一般的には,次表のようになる.

FCF(円) 一株あたりの現在価値(円)
現在 100 100
1年後 100 100÷(1+金利)
2年後 100 100÷(1+金利)
 :    
10年後 100 100÷(1+金利)10
 :    

現在の企業価値は,今後得られるFCFの総計を現在価値に換算することによって得れられる.すなわち,

現在の企業価値(一株あたり)=100(1/(1+金利)+1/(1+金利)+・・・)

となる.さて,XYZ社の企業価値は何円だろうか.上式の右辺は無限に続くのであるから,一項一項を手計算で足していくわけにはいかない.ここで登場するのが等比数列である.高校の教科書を見ると,

X/(1−X)=X+X+・・・

という公式がある.等比数列の和というやつだ.X=1/(1+金利)とすれば,

現在の企業価値(一株あたり)=100(1/金利)=100/金利

となることがわかる.なお,金利としては株主資本の割引率と負債の割引率との加重平均である加重平均資本コストを用いるようだが,計算が面倒であれば,国債の長期金利で代用しておけば良い.仮に金利を5%とすれば,

現在の企業価値(一株あたり)=100/0.05=2000円

となる.ここで終わらせても良いのだが,借金漬けの企業と無借金の企業とを同列に扱うわけにもいかない.そこで,

株式価値=企業価値+(資産価値−負債)

とする.XYZ社の資産価値は10億円で負債総額は1億円だとすると,最終的にXYZ社の一株の価値は

株式価値=2000+(10億−1億)÷100万=2900円

となる.ここではかなり荒っぽい説明をしたが,この企業価値計算方法は割引キャッシュフロー法と呼ばれるものである.実際には,企業の成長率なども考慮しなければならないため,計算はもっと複雑になる.ともかく,投資を他人事と言ってはいられない状況になった今,数学なんて使わないから不要だなんて馬鹿なことを言ってると,痛い目に遭うよ.本当に.

就職した皆さん,自分の会社の企業価値はいくらですか?

To Top
Copyright © 2002 chase-dream.com. All rights reserved.
admin@chase-dream.com