2001年11月18日(日)
理解するということ

まともに研究しようと思えば,必要な基礎的事項を理解しておく必要がある.もちろん,研究に限らず,様々な仕事や趣味についても,当該分野の基礎については最低限理解しておく必要があるはずだ.さて,「理解する」というのはどういうことだろうか?

私が行っている研究であれば,数学(特に線形代数)が決定的に重要である.そこで(あまり関係ないが),算数の割り算を例に,「理解する」ということについて考えてみよう.あなたは,足し算,引き算,掛け算ができるとする.小学生低学年相当なので,ほとんどの人は大丈夫だろう.いま,割り算を全く知らないあなたは,次の計算ができるように学んだ(自発的であって欲しいので敢えて教えられたとは言わない)とする.

  21
)150
 14 
10
 7

足し算,引き算,掛け算ができれば,この計算もできるはずだ.さて,あなたは「割り算を理解した」のだろうか.「商が21で余りが3です」と機械的に答えられるとしても,商と余りの意味を知らないなら,とても理解したとは言えないはずだ.小学生のとき,数多くの文章題をやらされた経験があると思うが,文章題を解くことによって,商と余りの意味が明確になる.上の例なら,150個のお菓子を7人で分けたら,21個ずつもらえてなお3個余るということが,自分の体験と結び付いて頭に残る.このレベルなら「理解した」と言えるだろう.

本題に移る.大学の数学のテキストには文章題がない.大学生なのだから,文章題なんかなくても自分で理解すればよいのだが,現実には,全然理解していない大学生がほとんどである.さらに深刻なのは,自分が理解していないことすら理解していない学生も少なくないということだ.理解できていない知識は結局役に立たない.

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